「此君亭」は、竹藝分野で初めて重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された生野祥雲斎(1904-1974)の自宅兼工房として建てられた。没後、息子の生野徳三氏に受け継がれ、竹藝家親子二代によって築かれた美の集大成となった。庭、家、花、竹工芸––––。本書では此君亭を舞台に、四季を通じて撮影された風景とともに、理想の芸術道を追求する日々の暮らしの美が紹介されている。
「此君亭」の名は、竹を「此君」と称することからきており、故事「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」に由来する。移り変わる季節が12ヵ月の禅語とともに描かれ、此君亭の静かに潜む幽玄の美が切り取られていく。コラムを通して、私たちの暮らしの傍らにある日本文化の香りと深みを感じることができる。磯崎新や川端康成、柳宗悦など多くの芸術家や文化人が集い、庭屋一如の理念や洗練された文化サロンとしての美が凝縮されたこの場所は、多くの人の手と心を動かしてきた。筆者もまたその一人であり、「即興と自由によって少しずつかたちが顕れていく」徳三氏の竹藝作品に触れ、此君亭の根底に流れる「自ら暮らしをかたちづくろうとする自由な意志」があいまり再びカメラを持つ動機となったと記す。
夜明けから夕暮れ、春から冬へと移りゆく時間の中で切り取られた此君亭は、徳三氏の「時間が好きだ」という言葉を深く映し出す。風土とのつながり、三世代が同居することで意識させる過去と未来。あらゆる見えないつながりに心を寄せた竹藝家が築いた暮らしの普遍的な美が、読者の心に余韻を残す。
此君亭好日渡邊 航=著・写真
発行/月虹舎
定価/3,080円(税込)