1994年、52歳でエイズ合併症によりこの世を去った映像作家デレク・ジャーマン。H I V感染が判明した1986年、彼は“取り残された場所”とも表されるイギリス・ケント州ダンジネスで小さなコテージを見つけ、そこで庭をつくりながら、愛する仲間と晩年を過ごす。生と死の間で揺さぶられた彼の生き様と庭との対話が静かに力強くつづられる。
ダンジネスは、原子力発電所や戦争の影を落とす、荒涼とした玉砂利堆積地帯。もの寂しさがあふれる地で、彼は貝殻や石、流木でつくられた彫刻、海辺でさびついた金属、在来植物を集め、独自の感性で庭をつくりあげていく。穏やかに見える日々を過ごしながらも、病との葛藤や性的マイノリティとして揺れる内に秘めた激情が、庭へ新たな意味をもたらしていく。整形式の前庭、非整形式の裏庭。ダンジネスが醸す歴史や風景、闘病、寂しくはためく「滅び」と、小さくも生の喜びをうたう仲間や植物が見せる「創造」。相反するものたちが混淆し、孤独にも鮮やかに映し出されていく。友人であるハワード・スーリーが切り取った写真は、その彼の大きい振れ幅にある美と死生観を照らす。
対極の間に流れる美しくはかない一瞬に、切なくも小さな希望が光る。私たちの「無常観」にもつながるからだろうか。つかめそうでつかみ切れない何かが読者の心を引き付ける。彼の庭を写真として知る人も、本書を通してデレク・ジャーマンという人間の生き様と庭に出会い直してみて欲しい。静寂の中で消えゆくものと生まれゆくものに思いをはせながら、いったい彼は「庭」に何を見たのかと––––。
デレク・ジャーマンの庭デレク・ジャーマン=著 ハワード・スーリー=写真 山内朋樹=訳
発行/創元社
定価/4,180円(税込)