庭2021年秋号No.244
連載-未来を植える人びと-第16回
取材・文=梶原博子


改革と発信で樹木の魅力を伝える
若き3代目が描く植木が輝く未来

東海地方の一大植木産地・三重県鈴鹿市。この地で3代にわたり、植木の生産・卸売販売を生業とする鵜飼農園。1年前に家業に入り、土壌改良や放棄樹林整備などの改革に力を注ぐ、3代目・鵜飼勇希さんを訪ねた

 三重県鈴鹿市の市内を抜け、山を越えると茶畑とツツジやサツキ畑が入り混じる景色が目の前に広がった。今回の目的地は、この地で3代続く植木生産・卸売業を営む鵜飼農園である。植木農園を案内してくれたのは、去年大学を卒業して家業に入った3代目・鵜飼勇希さん。まず事務所に案内されると、植木の積み込み、ポット苗の出荷準備に追われ忙しく働いている家族と親族の姿が目に入った。
 「ようこそ、鈴鹿へ」と出迎えてくれたのが、鵜飼勇希さんと、現社長で、父親の鵜飼幸治さんである。同社は幸治さんと勇希さんが植木生産と卸売業を担当し、母親の敦美さんが下草類の生産、叔父と叔母がポット苗の生産やホームセンター用のコンテナ栽培を行い、一族総出で植木と園芸植物の生産、販売に取り組んでいる。
 「僕の曽祖父が昭和10年頃に愛知県稲沢市から鈴鹿に移り住み、最初は山林苗の生産と養鶏を生業にしていました。その後、高度経済成長期に公共事業が盛んになると、この地はヒラドツツジやサツキの一大産地となりました。それを受けけて祖父が昭和50年頃にツツジ類の生産販売を開始。地元や岐阜の市場に出向いて植木を販売するようになると、そこで色々な樹木を扱う業者との付き合いが始まり、生産だけでなく卸売販売も始めることになったそうです」と勇希さん。「私は京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で造園を学び、京都の植木の卸売の会社で3年間修業した後、鈴鹿に戻って23歳で家業に入りました。サツキやツツジの生産と並行して、落葉雑木の生産と卸売販売も強化、下草類の生産も開始して、今では観葉植物以外は高木、中木、低木、下草類、グランドカバーなど造園に関わるすべての植物を扱うまでとなりました」と幸治さんは・・・記事の続きは、庭No.244の紙版・電子版で。

鵜飼農園代表の鵜飼幸治さん。豊富な樹木の知識を頼りに、全国各地から幸治さんを頼りに著名な造園家が植木を買いにやってくる。
勇希さんの発案で昨年に木材粉砕機を導入し、ウッドチップを混ぜて土中環境改善を行ったところ、菌糸がつき豊かな土壌が育ちつつある。
馬糞と土を混ぜた堆肥。
幸治さんや勇希さんが直接全国各地の生産者や市場に赴き、目通りして選んだ自然樹形が美しい雑木が並ぶ仮植場。
隣接する杉林を利用し、木陰になる部分に半日陰が好きなモミジ類を植えてしなやかで繊細な樹形をつくる。
鵜飼農園のサツキ畑。ツツジ類だけで70種類以上の品種を扱う。
鵜飼勇希(うかい・ゆうき)

鵜飼勇希
うかい・ゆうき| 1997年三重県鈴鹿市生まれ。2020年東京農業大学造園科学科卒業。幼少期から自然観察に興味を持ち、造園分野を学ぶ中で樹木の形態や生態の多様性に魅せられる。卒業後は海外に行く予定だったがコロナの影響で断念し、2020年家業である有限会社鵜飼農園に入社。同社は総面積10haの農園で約2000種の植木、園芸ポットなどの生産と卸売販売を行う。
有限会社鵜飼農園(三重県鈴鹿市)

       【地図から探す植木生産者】

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