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金沢の新名所「金沢城内玉泉院丸庭園」を見学して

金沢の新名所「金沢城内玉泉院丸庭園」を見学して

日本庭園協会の全国支部長協議会が、1月21日、石川県支部(石川・金沢市)にて開催され、私は東京支部長として出席致しました。協議会終了後には見学会が予定されており、当時、工事が最終段階に入っていた「金沢城内玉泉院丸(ギョクセンインマル)」の非公開庭園を見学することができました。
石川県金沢城・兼六園管理事務所のリーフレットによると、玉泉院丸の由来は、加賀藩二代藩主・前田利長の正室・玉泉院(織田信長の娘)が、利長の没後にこの屋敷を構えたところから称されるようになったということです。また築庭は三代藩主・利常が、京都の庭師を招いて自ら差配し、庭普請を行ったと記されています。
場所は金沢城を挟んで兼六園の反対方向に位置しています。公園関係者の話しによると、発掘調査の後、2m程盛土をして遺構をそのまま保存し、その上に新たに復元したと解説してくれました。

金沢の新名所「金沢城内玉泉院丸庭園」を見学して
庭園全体を見渡せる広間の茶室と土間を有する休憩所に立つと、まず目に飛び込んでくるのは高く聳える城壁です。そしてこの庭の特徴の一つともいえる城壁の一部に石樋を設けて水を出す、という仕組みの瀧と流れの遺構があります。その瀧は、縦長の短冊石が水の流れ落ちる線に据えられているので、遠くから眺めると瀧添え石のようにも見える意匠となっています。その下部は池に注ぐ瀧と流れがあり、池は三つの島を有した巴形で、それぞれの島は木の反橋、土橋、石橋とタイプの異なる橋が架けられ、変化が付けられています。
重いと受け止められがちな城壁ですが、穏やかな起伏の曲線を描く芝生や、姿の良い松が数多く植えられていることで、石垣の存在が和らぎ、城壁と庭園とが調和しているという点でも特徴的です。
北陸新幹線開通に合わせて「金沢城玉泉院丸庭園」も公開されました。往時の作庭家の知恵と技術を、ご自身の目で確かめていただけたらと思います。 上野周三/麻布 植祐